絹谷幸二 プロフィール



現在、日本芸術院会員、独立美術協会会員、東京芸術大学美術学部油画科教授

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   ●プロフィール(概要)
   ●1943~1972年(誕生~20代)
   ●1973~1982年(30代)
   ●1983~1992年(40代)
   ●1993~2002年(50代)
   ●2003年~現在(60代~)

 

年譜 2003年~(60代~)

2003年 [平成15]60歳
1月  両洋の眼 新美術主義の画家たち展に≪海を渡る風≫≪朝陽ヴェネツィア≫を出品。
同月 現代日本画家50人 万葉歌を描く(松屋銀座、他)に出品。
同月 富岳十二景展(日本橋・三越本店)に出品。
2月  輝け日本油画〈独立美術協会70回記念展>(大阪・髙島屋)に《愛の誕生》1998年が出品
    される。主催=朝日新聞社・独立美術協会
5月  黙示録―絹谷幸二展が世田谷美術館で開催され、代表作を中心に初期から最近作に
    至る96点を出品。
同月 第25回に本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪天祥大地≫(独立美術協会出品作)を出品。
同月 現代作家デッサンシリーズ絹谷幸二展(松屋銀座)を開催。主催=朝日新聞社
同月 画文集『風の道 仏の道』を刊行(日本放送出版協会)。
7月  第25回十果会展(日本橋・高島屋)に≪日月潮音富岳≫≪太陽の街≫を出品。
10月 独立美術協会第71回展(日本橋・高島屋)に≪天空の宴≫を出品。
11月 絹谷幸二展<天空の夢>が日本橋・高島屋で開催され、翌年2月まで大阪、京都、横浜
    などの髙島屋を巡回。
同月  『ウソ力(想像力)の鍛え方』を刊行(日本経済新聞社)。

2004年 [平成16]61歳
1月  ニューヨーク領事館に≪希望の太陽≫を制作。
2月  みなとみらい線横浜駅に設置(寄贈・崎陽軒)される巨大陶壁画≪VIVA YOKOHAMA≫
    の原画を制作。
3月  『絹谷幸二画集2』を出版(求龍堂)。
5月  日本橋高島屋リニューアルのシンボル画≪高島屋の薔薇≫を制作。
10月 東美特別展・絹谷幸二新作展(東京美術倶楽部)を開催。
同月 独立美術協会第72回展(日本橋・高島屋)に≪日輪天祥慈愛≫を出品。
同月 文化庁買上優秀美術作品展 戦後美術 俊英の煌めき<平山郁夫・山口長男から千住博・
    絹谷幸二まで>(川越市立美術館)に≪アンジェラと蒼い空Ⅱ≫(1976)を出品。
11月 『日本経済新聞』文化欄に「絵空事の力・十選」を連載。
12月 絹谷幸二新作展<太陽燦燦>(広島・そごう)を開催。

2005年 [平成17]62歳
3月  絹谷幸二展<元気が湧き、夢がふくらむ無限大の空間>(渋谷・東急百貨店本店)を開催。
4月  絹谷幸二展<天空の宴>(名古屋・松坂屋本店、他)を開催。
9月  絹谷幸二展<夢みる力は生きる力>(守口・京阪百貨店)を開催。
同月 絹谷幸二展(大阪・そごう)を開催。
10月 独立美術協会第73回展(日本橋・高島屋)に≪自画像・夢≫を出品。
11月 高輪会・絹谷幸二展(東京高輪プリンスホテル)を開催。

2006年 [平成18]63歳
2月  世田谷美術館2006<開館20周年記念>(世田谷美術館)に≪語り合う二人≫(2001)を出品。
3月  初めてピョンヤンを訪れ、高句麗古墳を見学。
4月  絹谷幸二展<イタリアを描く>(日本橋・三越本店)を開催。翌年2007年3月まで松山、名古屋、
    仙台、新潟、札幌、福岡の三越を巡回。主催=日本経済新聞
6月  絹谷幸二の世界<ワールド>(日本橋・高島屋)を開催。
7月  絹谷幸二展<色彩と夢の力は元気の源>(大阪・阪神百貨店)を開催。
8月  2010年上海国際博覧会等に向けて発足した「国際博覧会に関する有識者懇談会」のメンバー
    となる。
9月  湖南省長沙で開催された第1回中国中部投資貿易博覧会に二階経済産業相とともに1000人
    からなる日本代表団の団長として訪中。薄熙来・商務相、呉儀・副首相らと会談。
同月 昭和の前衛油彩画<独立美術協会の作家たち>(広島県・蘭島閣美術館)に≪南風(風跡)≫
    を出品。
10月 『絹谷幸二全作品集』を刊行(ビジョン企画社)。
同月 独立美術協会第74回展(日本橋・高島屋)に≪室内微風≫を出品。

2007年 [平成19]64歳
4月  絹谷幸二・幸太二人展<双穹の翼>(銀座・名古屋日動画廊)を開催。
8月  絹谷幸二展<大和創業85周年記念>(金沢香林坊・大和)を開催。
10月 独立美術協会第74回展(日本橋・高島屋)に≪もう一人いる私≫を出品。
同月 日本美術「今」展<東京芸術大学創立120周年記念企画>(日本橋・三越本店)に≪NELLA
    SABIA(砂の中)≫1982を出品。
12月 絹谷幸二カレンダー原画小品展(日本橋・三越本店)を開催。
同月 旅展<異文化との出会い、そして対話>(六本木・国立新美術館)に≪蒼天富獄龍宝図≫を
    出品。文化庁芸術家在外研修制度40周年記念<文化庁芸術家在外研修の成果>

2008年 [平成20]65歳
1月  絹谷幸二作品展(ギャラリースピカ)を開催。
同月 上海を訪問し、「日本・関西・奈良を語る集い」(上海ヒルトンホテル)にパネリストとして参加。
    主催=奈良県
2月  平城遷都1300年記念祭マスコットの選考委員をつとめる。
5月  奈良県を訪れた胡錦濤中国国家主席の歓迎昼食会(県新公会堂)に出席。
6月  ソウルを訪問し、「日本・関西・奈良を語る集い」(ソウル・ロッテホテル)にパネリストとして参加。
    主催=奈良県
同月 東京メトロ副都心線の開通を記念して渋谷駅にパブリックアート(陶板壁画)≪きらきら渋谷≫
    を制作。
同月 パブリックアート展<東京メトロ副都心線>(クレアール青山アートフォーラム)に原画≪きらきら
    渋谷≫を出品。主催=東京地下鉄
7月  第30回記念十果会(日本橋・髙島屋)に≪緑のバランス≫≪旭日薔薇船出≫を出品。
9月  髙島屋美術部創設百年記念 絹谷幸二展<情熱の色彩・歓喜のまなざし>が日本橋、京都、
    大阪、名古屋、横浜の髙島屋で開催される。主催=朝日新聞
同月 髙島屋美術部創設百年記念 絹谷幸二新作展が日本橋・髙島屋で開催され、翌年2月まで
    京都、大阪、名古屋、横浜の髙島屋を巡回する。
同月 毎日新聞社主催による35歳以下の優れた若手画家を顕彰する「絹谷幸二賞」創設。

10月 独立美術協会第76回展(日本橋・高島屋)に≪蒼天富獄双龍飛翔≫を出品。

 

2009年 [平成21]66歳
3月 第1回絹谷幸二賞が発表される。

6月 第196回コーセーアンニュアージュトークにてミュージシャン石井竜也と対談。

10月 独立美術協会第77回展(日本橋・高島屋)に≪薔薇の贈りもの≫を出品。

12月 天満屋創業180周年記念 絹谷幸二の世界展が天満屋岡山本店で開催され、高松・米子・福山・広島を巡回。

 

2010年 [平成22]67歳
1月 退任記念展 絹谷幸二 生命の軌跡ARS VITA ESTAVITA ARS ESTAが東京芸術大学大学美術館にて開催される。

3月 第2回絹谷幸二賞が発表される。

4月 東京芸術大学名誉教授に就任。

 

年譜 1993~2002年(50代)

1993年 [平成5]50歳  
2月  両洋の眼 現代の絵画展(日本橋・三越本店)に≪蒼天夢譚≫を出品。
4月  東京芸術大学美術学部教授となる。
同月 奈良ゆかりの現代作家<柳原義達・井上武吉・上村敦之・絹谷幸二の世界>(奈良県立美術
    館)に出品。
5月  ラ・ヴィータ(高知県)の天井画を制作。
6月  第15回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪語らいの刻≫(十果会出品作)を出品。
7月  第15回十果会展(日本橋・高島屋)に≪めぐり行く刻≫≪めぐり逢う刻≫を出品。
10月 独立美術協会第61回展(東京都美術館)に≪ほじそわか≫を出品。
同月 国際交流基金の文化派遣事業により中国へ渡航。北京の中央美術学院の講師として1ヶ月に
    わたり「環境芸術」の講義を行う。
11月 絹谷幸二作品展がニューヨークの髙島屋ギャラリーで開催され(翌年3月まで日本橋、大阪、
    京都、横浜の髙島屋を巡回)、またニューヨーク近代美術館理事長ガンツ女史の財団派遣で
    ニューヨークのパブリック・スクールの子どもらに絵を教え、その作品で共同制作展を開催する。
12月 北京の国立中国美術館で、東京芸術大学絹谷教室の学生と中国の美術家とによる中日現代
    油画展を開催、出品。

1994年 [平成6]51歳
2月  両洋の眼 現代の絵画展(日本橋・三越本店)に≪画室の自画像≫を出品。  
5月  『絹谷幸二作品集』(第二画集)を出版(講談社)。
6月  第16回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪愛する者たちへ≫(現代の視覚’93展出品作)
    を出品。
同月 第16回十果会展(日本橋・高島屋)に≪日月黄金富嶽≫≪バラとレモン≫を出品。
7月  松戸競輪場のメインスタンド特別観覧席1階エントランス壁画≪日月万丈富嶽≫を制作。
9月  ヒロシマ-21世紀へのメッセージ展(三鷹市美術ギャラリー)に出品。
10月 独立美術協会第62回展(東京都美術館)に≪ノン・デメンティカーレ(忘れないで)≫を出品。

1995年 [平成7]52歳
1月  両洋の眼 現代の絵画展(日本橋・三越本店)に≪愛・誕生≫を出品。
3月  世田谷文学館ロビーの大作を制作中に阪神淡路大震災が起こり、主題を急遽変更し震災
    鎮魂へのレクイエム≪愛するもの達へ・希望≫を制作する。
4月  洋画の展望-具象表現を中心に-(福井県立美術館)に出品。
6月  第17回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪めぐり行く刻≫(個展出品作)を出品。
同月 第17回十果会展(日本橋・高島屋)に≪悲しみの時≫≪画家とモデル≫を出品。
9月  IMA「絵画の今日」展(三越美術館)に出品。
10月 独立美術協会第63回展(東京都美術館)に≪自画像≫を出品。

1996年 [平成8]53歳
1月  両洋の眼 現代の絵画展(日本橋・三越本店)に≪唄う三美神≫を出品。
3月  絹谷幸二展が名古屋・松坂屋本店で開催され、大阪と銀座の松坂屋を巡回。
4月  開館10周年記念特別展「世田谷の美術」(世田谷美術館)に出品。
5月  連画一十二人の詩と夢の交響曲(日本橋・高島屋、他)に出品。
6月  第18回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪自画像≫(絵画の今日展出品作)を出品。
同月 第18回十果会展(日本橋・高島屋)に≪自画像≫≪花飾りの少女≫を出品。
10月 埼玉県戸田市・戸田競艇場メインスタジアムに壁画レリーフ≪VINNTO PERTE≫を制作。
同月 独立美術協会第64回展(東京都美術館)に≪あううん・祈り≫を出品。
11月 絹谷幸二展<愛と希望と生命の讃歌>(いよてつそごう)を開催。
12月 『絹谷幸二 FUJI-Ⅰ』を刊行(日経BP社)。
同月 絹谷幸二の宇宙展が日本橋・三越本店で開催され、最新作の大作を中心に20余点を出
    品。翌年4月まで名古屋・三越、神戸と大阪の大丸を巡回。
同月 茨城県立医療大学付属病院に壁画≪光降る街≫制作。

1997年 [平成9]54歳
1月  両洋の眼 現代の絵画展(日本橋・三越本店)に≪花二輪≫を出品。
2月  冬季オリンピック長野大会の大会公式ポスターを委託され、≪銀嶺の女神≫の他、7種競
    技別ポスター原画を制作。
4月  絹谷幸二展が新潟市美術館で開催され、9月まで茨城県つくば美術館、奈良・そごう美術
    館、秋田市立千秋美術館を巡回。主催=開催美術館、毎日新聞社
6月  第19回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪三美神≫(両洋の眼出品作)を出品。
7月  第19回十果会展(日本橋・高島屋)に≪朝陽アフロディ≫≪愛・誕生Ⅱ≫を出品。
10月 独立美術協会第65回記念展(東京都美術館)に≪noi amiamo(ノイ・アミアーモ)≫を出品。
12月 絹谷幸二展がニューヨークのスペース・アンタイトルドで開催。

1998年 [平成10]55歳
1月  未来を担う美術家たちDOMANI・明日展(安田火災東郷青児美術館)に出品。
同月 人とヒト展(刈谷市美術館)に出品。
2月  両洋の眼 現代の絵画展(日本橋・三越本店)に≪愛の誕生≫を出品。
3月  奈良・明日香地方のキトラ古墳学術調査に調査団の一員として参加。
5月  絹谷幸二展<愛の翼>が日本橋・高島屋で開催され、6月まで大阪、京都、奈良などの
    髙島屋を巡回。
6月  第20回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪NON DIMENTICARE≫(IMA「絵画の今
    日」展出品作)を出品。
8月  第20回十果会展(大阪・なんば高島屋)に≪煌めく街≫≪日月駿河富士≫を出品。
10月 独立美術協会第66回展(日本橋・高島屋)に≪NOI AMIAMOⅡ≫を出品。
同月 なら100年会館(奈良市民ホール)の壁画≪夢・光降る町・奈良≫を制作。
11月 現代日本の精鋭画家たち展(松坂屋美術館、他)に出品。

1999年 [平成11]56歳
1月  絹谷幸二版画展(ギャラリー・ラ・リューシュ)を開催。
2月  現代美術のレッスン・1(秋田市立千秋美術館)に出品。
同月 第21回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪愛の誕生≫(両洋の眼出品作)を出品。
同月 両洋の眼 現代の絵画展(日本橋・三越本店)に≪パンドラの箱≫を出品。 
7月  第21回十果会展(日本橋・高島屋)に≪永遠の契り≫≪愛・誕生≫を出品。 
9月  今治しまなみ海道会画展(河野美術館)に出品。
同月 絹谷幸二展<絹本金地に岩彩で描く>(銀座 岡崎画廊)を開催。
同月 絹谷幸二展<明日に向かって>(天満屋福山店、他)を開催。
10月 独立美術協会第67回展(日本橋・高島屋)に≪唄うマリア・ローザ≫を出品。
同月 出羽路百景展(大沼米沢店、他)に出品。
同月 奈良市立なら100年会館に壁画≪日月大和麗し≫を制作。
11月 絹谷幸二展(高輪プリンス)を開催。
12月 北柏リハビリ総合病院(千葉県柏市)に壁画≪日月双鶴首士≫を制作。

2000年 [平成12]57歳
1月  両洋の眼 現代の絵画展(日本橋・三越本店)に≪2000年の自画像≫を出品。  
4月  絹谷幸二展(名古屋・松坂屋本店、他)を開催。
同月 絹谷幸二展が宮崎県立美術館で開催され、会期中に≪ヒムカ(日向)≫を公開制作。
5月  フランス国立造幣局の依頼でブロンズ作品≪千の夢を持つ男≫を制作。パリ造幣局美術
    館、東京フランス大使館で展示。
同月 第22回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪愛・誕生≫(十果会出品作)を出品。
6月  心の色・心かたち展(福光美術館)に出品。
7月  第22回十果会展(日本橋・高島屋)に≪唄うひと≫≪豊穣の海≫を出品。 
10月 独立美術協会第68回展(東京都美術館)に≪蒼穹夢譚≫を出品。

2001年 [平成13]58歳
1月  両洋の眼 新美術主義の画家たち展(日本橋・三越本店)に≪語りあう二人≫を出品。  
3月  独立美術協会第68回展出品作≪蒼穹夢譚≫ にて日本芸術院賞受賞。日本芸術院会員に
    推挙される。
同月 渋谷・セルリアンタワーの陶壁画を制作。
5月  21世紀劈頭展「平面-立体その往還」(日本橋・高島屋)に≪愛のまわり舞台≫≪め≫
    を出品。
同月 第23回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪パンドラの箱≫(個展出品作)を出品。
7月  第23回十果会展(日本橋・高島屋)に≪雷神夢譚≫≪流星夢譚≫を出品。
同月 アートごちそう帖(北海道立釧路芸術館)に出品。
10月 独立美術協会第69回展(日本橋・高島屋)に≪炎々明王夢譚≫を出品。
同月 絹谷幸二カレンダーのための原画展(岡崎画廊)を開催。
12月 日本芸術院会員に就任。
同月 藤沢市30日美術館 きょうの作家展(藤沢市民ギャラリー)招待出品。

2002年 [平成14]59歳
1月  絹谷幸二展<天祥大地>が日本橋・三越本店で開催され、≪北海道礼賛≫≪富嶽曙≫
    ≪蒼穹夢譚≫≪炎々明王夢譚≫など38点を出品。
同月 両洋の眼 新美術主義の画家たち展(日本橋・三越本店)に≪窓辺の裸婦≫を出品。 
同月 大本山永平寺高祖道元禅師750回大遠忌奉修ポスターの原画制作。
同月 北海道立近代美術館開館25周年記念に≪日月燦々北海道≫3部作を制作。
同月 DOMANI・明日展2002(安田火災東郷青児美術館)に≪明王夢譚Ⅱ≫を出品。
同月 文化庁芸術家在外研修制度35周年アートフェスティバル21・バレエ「カルミナ・プラーナ」
    (新国立劇場中劇場)の舞台美術を担当。
2月  東日本の美-山展(東京ステーションギャラリー)に≪南部富士≫≪会津富士≫を出品。
4月  今そして未来展<21世紀を担う巨匠>(日本橋・三越本店、他)に≪文珠天祥富岳≫など
    を出品。
5月  第24回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪炎々明王夢譚≫(独立美術協会出品作)
    を出品。
7月  第24回十果会展(日本橋・高島屋)に≪日月潮音不二山≫≪旭日黄金雲海富士≫を出品。 
8月  絹谷幸二展<愛と生命の讃歌>(香林坊・大和)を開催。
同月 「ことばのデッサン」を『アート・トップ』に連載。
10月 安井賞40年の軌跡展(茨城県つくば美術館)に≪アンセルモ氏の肖像≫を出品。
同月 日本のかたち-文様-(神宮美術館)に出品。
同月 第70回記念独立美術協会展(日本橋・高島屋)に≪天祥大地≫を出品。

 

年譜 1983~1992年(40代)

1983年 「昭和58]40歳 
2月  麻田総合病院(丸亀市)に壁画≪文明にかける橋≫を制作。
同月 絹谷幸二・裸婦を描くデッサン展(上野・松坂屋)を開催。
3月  第5回明日への具象展(名古屋 丸栄)に≪画家とモデル≫を出品。
4月  第5回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪NELLE SABIE≫(独立美術展出品作)を出品。
同月 武蔵野美術大学教授となる(1987年まで)。
同月 富山を描く-100人100景展(富山県立近代美術館)に出品。
同月 『かべにえがく<壁画の世界>』(こども美術館22)を刊行(ポプラ社)。
5月  第2回美術文化振興協会賞を受賞、受賞記念「明日への展望-洋画の5人-展」<元永定正・
    三尾公三・宇佐美圭二・絹谷幸二・有元利夫>(松屋銀座)に出品。主催=美術文化振興協会・
    日本経済新聞社
同月 第5回獅子の会展(銀座 岩井画廊)に出品。
7月  第5回十果会展(日本橋・高島屋)に≪蓮華夢譚≫≪日輪蓮華≫などを出品。
8月  裸婦とデッサン展(三重県 亀谷美術館)に出品。
9月  絹谷幸二・花と裸婦展(広島 天満屋)を開催。
同月 日本美術交流会による洋画―世紀展(上野・松坂屋)に≪星空の女≫を出品。
10月 独立美術協会第51回展(東京都美術館)に≪砂の夢≫を出品。
11月 裸体画100年の歩み(大阪 国立国際美術館)に≪月曜日のクリスティーナ≫を出品。
同月 絹谷幸二展(銀座・日動画廊)を開催。

1984年 「昭和59]41歳 
2月  第1回日本青年画家展(日本橋・三越)に≪あ・お・う(in LADAKH)≫出品。以後1988年まで出品。
3月  天展(奈良天理教美術館)に出品。
4月  絹谷幸二展 <インド・ガンダーラ>(池袋・西武百貨店)を開催。
同月 現代画家の20年―1960年~70年代の洋画と新しい「平面」芸術の動向(群馬県立近代美術館)に
    ≪みなみ風の日(風紋)≫を出品。
5月  絹谷幸二展(岡山 天満屋)を開催。
6月  第6回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪砂の夢≫(独立美術展出品作)を出品。
同月 九谷焼技術研究所非常勤講師となり、絵付けの講義を行う。
7月  第6回十果会展(日本橋・高島屋)に≪沙の華≫などを出品。
8月  最初の画集、『絹谷幸二画集』を出版(講談社)。
10月 独立美術協会第52回展(東京都美術館)に≪うずもれしは砂の愛≫を出品。

1985年 「昭和60]42歳 
2月  第2回日本青年画家展(日本橋・三越)に≪光ふる時≫を出品、優秀賞を受賞(87年、88年にも
    受賞)。
同月 次女・香菜子誕生。(現在、東京芸術大学大学院美術研究科芸術学(美術教育)に在籍中)
4月  第1回具象絵画ビエンナーレ(神奈川県立近代美術館、他)に≪めぐりあう時≫を出品。
6月  第7回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪沙の華≫(十果会出品作)を出品。
8月  現代のセルフポートレート展(埼玉県立近代美術館)に≪蒼空のある自画像≫を出品。
同月 第24回国際形象展(日本橋・三越)に≪自画像≫を出品。
同月 絹谷幸二小作品展<日・月・星・人・華>を開催(上野・松坂屋)。
10月 国立児童会館・こどもの城(東京都渋谷区)の壁画≪アラベスク≫を制作。
同月 独立美術協会第53回展(東京都美術館)に≪もう一人いる私≫を出品。
同月 日本現代絵画83人展(ニューデリー・国立近代美術館)に≪星空の二人≫を出品。
11月 絹谷幸二展(日本橋・高島屋、大阪・高島屋)を開催。

1986年 「昭和61]43歳 
2月  第3回日本青年画家展(日本橋・三越)に出品。
同月 ザ・メッセージ<日本現代絵画83人展>(横浜 そごう美術館)に≪星空の二人≫を出品。
3月  少林寺カレンダー制作のため、中国・少林寺を取材。
4月  第1回現代作家美術展(東京美術倶楽部)に出品。以降毎年出品。
5月  日本現代美術展(台北市立美術館)に出品。
同月 第8回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪自画像≫(国際形象展出品作)を出品。
同月 第10回具象現代展(上野・松坂屋)に≪ローズルームにて≫を出品。
6月  絹谷幸二アフレスコ画の世界展(広島・天満屋)を開催。
同月 絹谷幸二個展(京都・蔵丘洞画廊)を開催。
同月 京都・田辺町の新庁舎壁画≪光ふるまち田辺≫を制作。
7月  第8回十果会展(日本橋・高島屋)に≪少林寺に昇る日輪≫などを出品。
同月 第5回瑤の会に≪音戸の瀬戸≫などを出品。
8月  第25回国際形象展(日本橋・三越)に≪共有する時間≫≪妻と私≫を出品。
10月 独立美術協会第54回展(東京都美術館)に≪チェスキーニ氏の肖像≫を出品。
同月 素描芸術100年の歩み 人間像をテーマとして(奈良県立美術館)に出品。
同月 「現代日本美術の動勢-絵画PART1」展(富山県立近代美術館)に出品。

1987年 「昭和62]44歳 
2月  第4回日本青年画家展(日本橋・三越本店)に出品の≪時の天使≫が優秀賞受賞。
3月  武蔵野美術大学教授を辞任。
同月 第4回横の会展(京都市美術館)に出品。
4月  東京芸術大学美術学部講師となる。
5月  第9回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪少林寺に昇る日輪≫(十果会出品作)を出品。
同月 第2回具象絵画ビエンナーレ(三重県立美術館)に出品。
6月  第19回日本芸術大賞を受賞。
7月  愛知県・一宮市博物館の壁画≪あやなすまち一宮、ひとひとひと≫を制作。
同月 第6回瑤の会に≪薫風不二≫などを出品。
同月 第9回十果会展(日本橋・高島屋)に≪涙するカトリーヌ≫を出品。
同月 第2回国際映画祭のポスターを制作。
10月 独立美術協会第55回展(東京都美術館)に≪リーガの肖像≫を出品。
同月 絹谷幸二自選展(名古屋・松坂屋本店、他)を開催。
同月 奈良県100年記念特別展 芸術への誘い~描かれた大和(奈良県立美術館)に≪大和遠望≫を出品。

1988年 「昭和63]45歳 
2月  第5回日本青年画家展(日本橋・三越本店)に≪涙するカトリーヌ≫を出品、優秀賞を受賞。
同月 絹谷幸二自選展<豊饒な色彩・熱い思い>(池袋・西武アート・フォーラム)を開催。
同月 絹谷幸二小品展(池袋西武 美術画廊)を開催。
同月 1988・日本洋画壇の精鋭による現代の人物画展(名古屋・松坂屋本店)に出品。
4月  花の表現(埼玉県立近代美術館)に≪日輪蓮華≫を出品。
5月  絹谷幸二小品展(銀座・新生堂)を開催。
同月 椿会のメンバーとなり第15回椿会美術展(銀座・資生堂ギャラリー)に≪白いオルガン≫を出品(1990年
    まで)。
6月  第10回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪少林寺に昇る日輪≫(十果会出品作)を出品。
同月 絹谷幸二展(パリ日動画廊)を開催。
7月  京都ブライトンホテルの大壁画≪日・月・流星≫を制作。
同月 第4回彩朱会展(東京セントラル美術館)に≪薔薇≫を出品。
8月  絹谷幸二新作展(京都・蔵丘洞画廊)を開催。
10月 独立美術協会第56回展(東京都美術館)に≪虹色の時≫を出品。
同月 イラク国際美術展に≪星空の二人≫≪アラベスクⅠ・Ⅱ≫を出品、イラン・イラク戦争停戦を祝う。
11月 絹谷幸二ドローイング展(青山日本画廊)を開催。≪横たわる裸婦≫などを出品。
同月 絹谷幸二新作展<愛と詩とエロス>(フジヰ画廊、他)を開催。

1989年 「昭和64・平成元]46歳 
1月  第30回毎日芸術賞を受賞。
同月 『絹谷幸二画集』を刊行(求龍堂)。
5月  広島市現代美術館開館記念展「広島・ヒロシマ・HIROSHIMA」に≪MAYUMI≫を出品。
6月  アート・エキサイティング’89~現在を越えて展(埼玉県立近代美術館、オーストラリア・クイーンズランド
    美術館)に出品。
7月  <‘89海と島の国際博覧会・ひろしま>に出品。
同月 第11回十果会展(日本橋・高島屋)に≪トレモロ’89≫≪パルリアーモ≫を出品。
8月  文部省海外学術研究学術調査のため、スペイン北部のアルタミラ洞窟、フランス中部ラスコー洞窟、
    北欧などを訪れ、ヨーロッパ先史時代の壁画の調査研究を行う。
10月 独立美術協会第57回展(東京都美術館)に≪キーコ・ボンディ氏の肖像≫を出品。
11月 絹谷幸二展<ほとばしる情熱>(銀座・日動画廊)を開催。

1990年 「平成2]47歳 
5月  最初の回顧展、昭和世代を代表する作家シリーズ11・絹谷幸二展<愛と生の歓び>が新宿・伊勢丹
    美術館で開催され、9月まで大阪・大丸心斎橋店、名古屋・松坂屋本店、熊本県立美術館、富山・大
    和富山店を巡回する。主催=読売新聞社ほか
6月  第12回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪トレモロ’89≫(十果会出品作)を出品。
7月  第12回十果会展(日本橋・高島屋)に≪水の星座の女≫≪凛々船出≫を出品。
同月 絹谷幸二展がバーゼル・アート・フェア(スイス)にて開催。
8月  東京芸術劇場(東京都豊島区)の天井壁画≪天・地・人≫ を制作。
同月 Byobu-E展(フォルク・ウント・ヴィルトシャフト美術館、ドイツ)に出品。
同月 絹谷幸二展がヴェネツィア・カバリーノ画廊で開催。
10月 独立美術協会第58回展(東京都美術館)に≪アルベリ(木霊)≫を出品。
11月 絹谷幸二展がソウル・ドゥソン・ギャラリーで開催。
12月 絹谷幸二の2.5次元展が銀座・岡崎画廊で開催。

1991年 「平成3]48歳 
1月  世田谷美術館’91(世田谷美術館)に≪アルベリ(木霊)≫を出品。以降毎年出品。
4月  東京芸術大学美術学部助教授となる。
同月 絹谷幸二展(東京アートエキスポ)を開催。
同月 NHKテレビ番組・趣味百科<水彩画入門>に出演、6月まで13回にわたり放映。
5月  法鷲院五重塔(茨城県十王町)の壁画≪転依≫を制作。
同月 現代日本絵画展(故宮博物館、北京)に出品。
6月  第13回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪アルベリ(木霊)≫(独立美術展出品作)を出品。
7月  奈良パークホテルの壁画≪旭日薫風奈良≫を制作。
9月  ジャパン・フェスティバ<A NEW WAVE>(バービーカンセンター、ロンドン)に≪蓮華夢譚≫を出品。
10月 絹谷幸二 ミンモ・パラディーノ2人展(資生堂ギャラリー・ピクチャーズ)を開催。
同月 独立美術協会第59回展(東京都美術館)に≪唄う人・とれもろ≫を出品。
11月 絹谷幸二展が日本橋・高島屋で開催され、12月まで大阪、京都、横浜の髙島屋を巡回。髙島屋創業
    160周年記念。

1992年 「平成4]49歳 
1月  両洋の眼 現代の絵画展(日本橋・三越本店)に≪愛・語らい≫を出品。以降毎年出品。
6月  第14回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪木霊・祈り≫(独立美術展出品作)を出品。
同月 絹谷幸二展<生命の歓喜>(名古屋・松坂屋本店)を開催。
7月  第14回十果会展(日本橋・高島屋)に≪抱かれし刻≫≪語らいの刻≫を出品。
同月 日本洋画再考展<現代日本洋画家と日本画家との対話>(東京都庭園美術館)に出品。
8月  随筆集『壁は200億光年の夢を見る』を刊行(美術年鑑社)。
9月  『日経ポケットギャラリー 絹谷幸二』を刊行(日本経済新聞社)。
10月 『アート・トップ叢書 絹谷幸二』を刊行(美術年鑑社)。
10月 独立美術協会第60回記念展(東京都美術館)に≪蒼天夢譚≫を出品。

 

年譜 1973~1982年(30代)

1973年 「昭和48]30歳
1月  ヴェネツィア・カヴァリーノ画廊、ベニス市立美術館で個展を開催。
6月  ヴェネツィア・アカデミアを修了。
7月  奈良・高松塚古墳の保存対策にあたるため文化庁からローマ中央修復研究所に派遣され、
    モーラ教授夫妻のもとで壁画保存の研究をすすめる。
9月  絹谷幸二個展がヴェネツィア市立美術館で開催され、≪りんご飛行≫の大連作を発表。
同月 帰国。長男・幸太誕生(東京芸術大学彫刻家を卒業。初の彫刻博士となる。)
10月 奈良・高松塚保存対策委員として石室内入室調査にあたる。
同月 独立美術協会第41回展(東京都美術館)に≪パトリッツイアの肖像≫≪LAMERA≫を出品。
11月 絹谷幸二作品展が銀座・彩壷堂サロン、同分室で開催され、古画模写14点と滞欧作20余点を出品。

1974年 「昭和49]31歳
2月  上野の森85年の歩み展(東京セントラル美術館)に≪室内Ⅰ≫≪回り舞台≫を出品。
3月  第17回安井賞展(池袋・西武百貨店)に≪アンセルモ氏の肖像≫≪トルソーの涙Ⅰ≫を出品。
    ≪アンセルモ氏の肖像≫で安井賞受賞。安井賞受賞はこれまでの最年少で、受賞作は東京国立
    近代美術館買上げとなる。
5月  絹谷幸二展(奈良文化会館)を開催。
10月 独立美術協会第42回展(東京都美術館)に≪サンドラ嬢の肖像≫を出品。

1975年 「昭和50]32歳 
5月  第11回現代日本美術展(東京都美術館)に≪室内Ⅰ≫≪アンセルモ氏の肖像≫≪サンドラ嬢の
    肖像≫を出品。
7月  次男・健二誕生。
8月  絹谷幸二展(福山イマヰ画廊)にて開催。
10月 独立美術協会第43回展(新・東京都美術館)に≪ダリア・ガナッシィーニの肖像≫を出品。

1976年 「昭和51]33歳 
10月 独立美術協会第44回展(東京都美術館)に≪アンジェラと蒼い空Ⅱ≫を出品。
同月 O氏賞記念展(東京セントラル美術館)に出品。
11月 絹谷幸二作品展(東京セントラル美術館)を開催。
12月 絹谷幸二展(名古屋・伽藍堂ギャラリー)を開催。

1977年 「昭和52]34歳  
1月  パノラマ‘77=日本画壇の全貌展(東京セントラル美術館)に≪歌うクラウディア≫を出品。
2月  ≪アンジェラと蒼い空Ⅱ≫が昭和51年度文化庁買い上げ優秀美術作品に選ばれる。
同月 顔派展(銀座・和光)に出品。
5月  第1回具象現代展(上野・松坂屋)に出品。以後出品を重ねる。
6月  第14回太陽展<明日への太陽>(銀座 日動画廊)に≪ばら≫≪ばら、炎々≫を出品。
    以後、日動展、ミニヨン展、サロン・ド・アブリル展、風林会展などに出品を重ねる。
同月 絹谷幸二展(大阪 ギャラリー風)を開催。
7月  絹谷幸二展(銀座 ワールドアートサロン)を開催。
10月 独立美術協会第45回展(東京都美術館)に≪蒼空のある自画像≫を出品。
同月 文化庁昭和52年度第11回芸術家在外研修員に選ばれ渡航する。研修目的は、「イタリア
    等で古典壁画技法の研究及び現代美術への可能性について」。メキシコを経由してボストン、ニ
    ューヨークに寄り、ルフィーノ・タマヨと壁画運動について歓談する。のちヨーロッパに渡り、モーラ
    教授、ブルーノ・サエッティ教授に再会。

1978年 「昭和53]35歳 
6月  イタリア・マニフェスト展(ヴェネツィア)にシルク・スクリーンによるポスターを出品、マニフェスト賞受賞。
    ヴェネツィア・ビエンナーレ買上げとなる。
9月  ユーゴスラヴィア・パジィン美術館の招待により、版画を制作、美術館に収蔵。
10月 イタリアから帰国。
同月 独立美術協会第46回展(東京都美術館)に≪愛Ⅱ≫を出品(のち東京都美術館買い上げとなる)。
12月 会津和歌山・東山パークホテルの壁画≪炎・炎≫を製作。

1979年 「昭和54]36歳 
2月  第1回明日への具象展(日本橋・高島屋)に≪月曜日のクリスティーナ≫を出品。以後84年まで毎年出品。
4月  絹谷幸二滞欧作品展を池袋・西武百貨店で開催。
5月  奥谷博、芝田米三ら11名と十果会を結成、第1回展(日本橋・高島屋)を開催。以後毎回出品。
6月  第2回現代の裸婦展(銀座・日動画廊)に≪花かざす少女≫を出品。以後出品を重ねる。
10月 独立美術協会第47回展(東京都美術館)に≪みなみ風の日≫を出品。
同月 近代イタリア美術と日本<作家の交流をめぐって>(大阪 国立国際美術館)に≪サンドラ嬢の肖像≫
    ≪裸婦≫を出品。
同月 絹谷幸二展が銀座と大阪の日動画廊で開催。

1980年 「昭和55]37歳
1月  第2回明日への具象展(日本橋・高島屋)に≪サン・トマ運河にて≫を出品。 
3月  第2回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に明日への具象展出品作≪月曜日のクリスティーナ≫が選ばれ
    出品。以後、2003年の最終第25回展まで毎回選抜出品。主催=読売新聞社
4月  日本大学芸術学部客員助教授となる(1982年まで)。
7月  絹谷幸二展(名古屋 伽藍洞ギャラリー)を開催。
9月  <日本の洋画にみる>回想の裸婦・現代のヌード展(銀座・松坂屋)に≪みなみ風の日(風紋)≫を出品。
同月 AJAC現代日本のマニエリスム展(東京都)に出品。
10月 独立美術協会第48回展(東京都美術館)に≪流砂≫を出品。
11月 アジア現代美術展(福岡市美術館)に≪サンドラ嬢の肖像≫を出品(のち福岡市立美術館買い上げとなる)。
12月 長女・美帆誕生。
同月 絹谷幸二新作展(大阪 ギャラリー風)を開催。
同月 明日を招く精鋭23人展(東京セントラル美術館)に≪ズライカの夢≫≪緑にしみる悲しみ≫を出品。

1981年 「昭和56]38歳
2月  第3回明日への具象展(日本橋・高島屋)に≪星空の二人≫を出品。
3月  第3回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪サン・トマ運河にて≫を出品。
5月  絹谷幸二新作展(銀座ワールドアートサロン)を開催。
同月 第30回五都展(新橋・東京美術倶楽部)に出品。この新作発表展(のち現代作家美術展<現美展>、
    伝統からの創造・21世紀展と改称)に以後毎回出品。
6月  第3回十果会展(日本橋・高島屋)に≪芽生え≫≪紫禁城≫などを出品。
10月 独立美術協会第49回展(東京都美術館)に≪凪の日≫を出品。
11月 絹谷幸二展<私の宝石箱>(銀座・フジヰ画廊ニューギャラリー)を開催。
同月 戦後美術35年の歩み展<「気」と「質」へ>(築地・東京美術センター)にフレスコ画14点出品。
12月 開館記念特別展・第1部現代日本の美術(宮城県美術館)に出品。

1982年 「昭和57]39歳  
1月  雑誌『宝石』の表紙画を制作、1983年12月号まで連載。
2月  第4回明日への具象展(日本橋・高島屋)に≪パルコ・ボルケーゼ≫を出品。
3月  第4回日本秀作美術展(日本橋・高島屋)に≪凪の日≫を出品。
5月  新世代展(銀座 サロン・ドゥ・ボナ)に≪画家とモデル≫などを出品。以後毎回出品。
7月  第4回十果会展(日本橋・高島屋)に≪永遠の夢≫などを出品。
同月 第1回瑤の会展(銀座フジヰ画廊)に≪アブシンベルの星≫を出品。
同月 石版画集『ヴェネツィア回想』刊行(大月版画)。
9月  現代作家による描かれた女展(銀座 日動画廊)に≪残照≫を出品。
10月 独立美術協会第50回展(東京都美術館)に≪NELLE SABIE(砂の中)≫を出品。
11月 絹谷幸二自選展(銀座・フジヰ画廊)を開催。
同月 現代日本美術の展望<油絵展>(富山県立美術館)に出品。
同月 日本大学芸術学部客員助教授を辞任。

 

年譜 1943~1972年(誕生~20代)

1943年 [昭和18]
1月24日 絹谷政幸・ヒデの長男として奈良県奈良市元林院町に生まれる。

1962年 [昭和37]19歳
3月 奈良県立奈良高等学校を卒業。
4月 東京藝術大学美術学部油学科に入学。

1966年 [昭和41]23歳
3月 東京藝術大学美術学部油画科卒業 (小磯良平教室)、卒業制作展≪蒼の間隙≫で大橋賞を受賞。
4月 同大学院壁画科 (島村三七雄教室)に入学 。アフレスコ古典画の研究を行なう。
10月 独立美術協会第34回展(東京都美術館)に≪蒼の錯綜≫≪諧音の詐術≫が初入選、独立賞を受賞。
   受賞作品は文部省主催の第1回現代美術選抜展に招待出品される。

1967年 [昭和42]24歳
5月 第6回独立美術選抜展(東京美術館)に≪幻影の跡≫を出品。
10月 独立美術協会第35回展に≪蒼の轢断≫≪諧音の跡≫を出品、再びで独立賞を受賞。

1968年 [昭和43]25歳
3月 東京芸術大学大学院壁画科を卒業。同大学副手となる(1970年まで)。
5月 第7回独立美術選抜展に≪蒼い風≫を出品。
10月 独立美術協会第36回展に≪蒼の壊乱≫≪褪紅の岨≫が入選、独立美術協会会員となる。

1969年 [昭和44]26歳
3月 第12回安井賞展(池袋・西武百貨店)に出品、入選。
5月 第8回独立美術選抜展に≪蒼の回折≫を出品。
7月 グループU展(池袋・西武百貨店)に≪蒼≫などを出品。
10月 独立美術協会第37回展に≪蒼の隔絶≫≪蒼の風跡≫を出品。

1970年 [昭和45]27歳
7月 初の個展、絹谷幸二展(銀座・資生堂ギャラリー)を開催。
8月 新樹会第24回展(日本橋・三越本店)に≪蒼の破綻≫≪蒼の破風≫を出品。以後1973年まで出品。
10月 独立美術協会第38回展に≪何故か≫≪蒼の記憶≫を出品。
   この年、東京芸術大学壁画科でアフレスコ画の集中講義が行われ、その際に来日したヴェネ
   ツィア・アカデミーのブルーノ・サエッティ教授からアフレスコの技術を学ぶべく留学の招
   待を受ける。

1971年 [昭和46]28歳
3月 新鋭選抜展(日本橋・三越本店)に≪記憶の跡≫を選抜出品、優秀賞を受賞。
同月 結婚、イタリアに私費留学し、ヴェネツィア・アカデミアに入学。
   ブルーノ・サエッティ教授のもとでアフレスコ古典画法および現代アフレスコ画の研究に取り組む。
8月 新樹会第25回展(日本橋・三越本店)に≪stmattina≫≪Pomeriggio≫を出品。
10月 独立美術協会第39回展に≪non essere carne ne pesce≫を出品。
12月 べヴィラックア・ラ・マーサ財団主催の展覧会に連作≪りんご飛行≫を出品。ラ・マーサ賞を受賞。
   本作はヴェネツィア近代美術館の買上げとなり、ヴェネツィア市立美術館での個展開催権を得る。

1972年 「昭和47]29歳
5月 絹谷幸二展(スコットランドハウス、ミラノ)を開催。
6月 INCONTRO A MOTOVUN展(ユーゴスラビア)に≪モトブンの月≫を出品。
8月 新樹会第26回展(日本橋・三越本店)に≪アモーレ≫≪マリア≫を招待出品。
9月 第11回国際形象展(日本橋・三越本店)に≪風≫などを出品。以後1986年の最終第25回まで出品。
10月 独立美術協会第40回展に≪NELLA CAMERA≫≪VENEZIA≫≪室内Ⅱ≫を出品。