【アートな匙加減】躍動感を失った日本(2010年5月23日 産経新聞掲載)

 今月1日に開幕した上海万博。その中にある「日本の創るよい暮らし」をテーマとした日本産業館は古い造船所を再利用したもので、壁面を上り下りするロボットをテレビで見た方もいるだろう。そこで天井画を3カ月かけて手がけた。富士山の日の出を描いた「日月天飛翔」で、電飾(LED)を使っているため地上20メートルできらきらと輝いている。

 4日からは中国の現代アートを紹介する「改造歴史2000-2009年的中国新芸術」展が北京で開幕し、こけら落としに出席した。ともに電飾の広大さと、美術展会場の大きさは日本人の感覚を超えるもので、圧倒されるものがあった。国が広ければかくのごとしと思えるほどで、美術展では、世界の画友や批評家、画商らを一堂に集めた華々しさに圧倒された。晩餐(ばんさん)会も出色で、中国の美術史などをスクリーンいっぱいに紹介し、大勢の若手芸術家を一堂に舞台に上げ賞状や記念品を一発で授与して終了した。

 その後の宴会ではオーケストラが入る会場に2千人を超える出席者が着席し、フルコースをいただいた。画人の集まりとしては破格の扱いだ。自国の画人たちをかくも優遇し、国際的に紹介し、この展覧会の分厚い画集まで作る。30年前の中国の美術事情を知る私にとって青天の霹靂へきれき)のような変化であった。

 さらに、驚いたのは、北京の大山子地区にある「798」大山子芸術区。多くの空いた国営工場をギャラリーやアトリエにしている場所で、世界中の幾百もの画人や画商が入り、観光客を多く集めている。

 大変高額な値段で絵を売っているのは日本のバブル期を思いださせるが、自国の作家を宣伝し、彼らを世界の大画家に仕立て上げているそのシステムと規模は、インターネットなどでも怒濤(どとう)の勢いで世界を駆けめぐっている。

 私が会った方力釣(ファン・リジュン)という画家は、有名なレストランを数軒経営し、店の前には新車のベントレーがドンと鎮座していた。中国直属の国立美術大学「中央美術学院」(北京市)の教授たちも同様で、自前の会社を数社持ち、商売にもそのエネルギーを注いでいる。

 このような躍動感は、かつてわが国にも見られた。だが、近年は政府の懐から出る研究費や助成金をあてにしている人が多く、何とも情けないと言わざるを得ない。

 また、日本の政治も後ろ髪を引っ張られて何事もなし得ず、国民はそれを見てジリジリし、前に進む気力をそがれそうな今日このごろではある。

 「コンクリートから人へ」として公共事業費を大幅削減する鳩山政権だが、これでは安心して住める都市もできず、不燃の都市を構築し、一人でも業火から守るということも、この体質ではままならない。バラックのような都市は、大災害時に大きな怠惰の罪を受けるに違いない。

 事業仕分けとやらで節約することに越したことはないが、かくなる上はわれわれ一人一人が自身のエゴをかなぐり捨てて、何が人を幸せにするかの大キャンペーンを張り、自らの手で自らを守るというところまでに、日本は来ているのかもしれない。(きぬたに こうじ)

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