【アートな匙加減】空想力と想像力の源泉(2010年7月1日 産経新聞掲載)

 元巨人軍監督の川上哲治氏の少年野球教室ではないが、私も全国各地の小中高校を訪ねる絵画の出前教室を行っている。

 レーガン米元大統領はソ連との冷戦時に理数系の授業を増やし、絵画・音楽の授業数を短縮した。当時のニューヨーク近代美術館館長のガンツ女史はニューヨーク在住の著名な芸術家80人と財団を創設し、欠落した芸術分野の授業を補完するための出前授業を始めた。平成5年にニューヨークの高島屋ギャラリーで個展をしていたこともあり、この事業に招聘(しょうへい)され、マンハッタンの小学校3校を訪れて絵を教えた。

 子供たちは異国の芸術家に大変興味を示し、活気ある授業を行うことができた。このとき、芸術がいとも簡単に言語や国境を飛び越える自由の翼を持っていることを学んだ。それに、芸術家と美術館との素早いタッグによる授業の質の向上と、欠落した部分に手を差しのべるスピード感に感激したものだ。

 帰国後、日本の芸術専門の先生の採用数が、全国の小中高合わせて年間40人にも満たないことを知り、文化庁にその補完として出前授業を提案した。日本芸術院がこの事業を受け入れ、現在、会員有志による絵画芸術の出前授業が実行されるようになった。

 昨年、北京に行ったときは、在北京日本人学校の小学生高学年の授業を行った。大使館職員にも手伝ってもらい、2人一組で友達の顔を描いた。和やかで活気ある図画教室となった。

 母校の奈良の学校を皮切りに、先日は岐南町立東小学校(岐阜県)を訪れた。150人程度の小学生を指導し、皆は明るく楽しく絵を描いた。まず絵の具の色彩の作り方を教えたが、これは画学生や同業者には決して教えない、私の“秘法”。参観の先生方もこれにはビックリし、出来上がった絵は一瞬にして150人の熟練色彩画家の作品となった。

 学校は頭を使って勉強する場所だが、たまに触媒のような業の体験授業も必要だ。生徒たちの目が光を帯び、自信が満ちた表情やセンスを引き出すことができる。色彩を調合するだけで、かくも複雑で滋味あふれる深さが出るものか、ということを理科の実験とは異なる場所で行い、この味わいが家庭科の料理で出す「味」と共通することを生徒たちに話した。

 甘さや辛さ、酸っぱさなどの調合と色彩の調合は何一つとして異なるところはない-と話すと、特に女子児童の目がキラキラ光った。教えている私までも子供たちに接していると豊かで幸福な気持ちになってくる。

 今後も、7月に四国・松山から車で1時間の場所にある全校児童数48人の久万高原町立明神小学校(愛媛県)や浜松学芸高校(静岡県)、10月は星野学園中学校(埼玉県)と遠出が続く。

 かつて私が子供のころ、学業の傍ら訪ねる図画や音楽の先生の部屋が楽しいたまり場、避難場所であった。今日の行き場のない児童・生徒たちはどうなのだろう。やはり芸術と音楽が心のよりどころになりはしないか。

 歴史が教えているように、経済、法、科学とあらゆる分野で空想力と想像力の源泉である芸術が語られれば、わが国も飛躍的に繁栄すると思うのだが。(きぬたに こうじ)

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